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「ザ・ファブル」の二部と人助けについての話

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『ザ・ファブル』の連載が2021年7月から再開されます。

『ザ・ファブル』の一部の終わりのほうで、佐藤は今度は「自分のスキルを生かして人助けをしたい」と語っていました。
 この人助けというのはくせ者で、語感は良いけど、実際のところ、善意の押し売りになる場合もあります。
 人助けする側の方は、その行為を良いことと思って、相手が喜ぶと考えるはずです。
 しかし、助けられるほうは、そうは思わないこともあります。

 学生時代でも社会人でもいいですが、相手のことを思って何かをしても、されたほうは、いや、頼んでないけど、みたいになることも多いです。
 ここからしばらくはファブルとは関係のない話になります。

 人助けとは少し違いますが……
 スーパーマーケットで買い物をしました。
 ものを買って、サッカー台に向き直ると、商品の袋詰めをしている男性がいました。
 自分はその横に移動して、荷物を袋に詰めました。

 袋詰めはその男性の方が速く終わって去って行きました。
 ふとサッカー台を見ると、小さなポケットティッシュがありました。あの男性が忘れたようです(ひょっとすると、それ以前から放置されているのかもしれません)。
 自分はどうしたか。そのポケットティッシュを持って男性に「忘れ物ですよ」と声をかけ……ませんでした。そのまま放置です。
 どうして声をかけなかったか。
 ポケットティッシュぐらいなら紛失しても問題ないし、それぐらいで声をかけられるのも迷惑かもしれないと考えたからです。
――
 アノニマスダイアリーやSNSやブログなどで「親切にしたのに冷たい態度を取られた話」というのが時々出てきます。
 男と男と、女と女とか、男と女とか、そして老若男女、パターンはそれぞれ違います。
 曰く、落とし物を拾ってあげたのに、お礼も言われなかった。
 逆ギレされたとか。
 はたまた窃盗の疑いをかけられそうになったとか。
 または、扉を開けてあげたのに、エレベーターのボタンを押してあげたのに、電車で席を譲ろうとしたのに、などの場合も同様で、こちらが親切にしてあげたのに、相手の反応が芳しくない場合が多いようです。
 たいていの人は親切にされたらお礼を言いますし、その場合は記憶にも残らないから、表面化もしないはずです。何かをされて、お礼を言わない、失礼な態度をとるほうが記憶に残ります。なので後者のほうが目立つということもあるようです。

 照れや恥ずかしさなども関係しているかもしれません。

 先日、買い物をしました。購入した品物はリュックに入れていました。
 帰る時、横断歩道を渡っていたら、後ろから声をかけられました。中年女性でした。
「落としましたよ」と。
 落としたのはキッチン用のスポンジです。
 リュックの口が開いていて、落ちてしまいました。

 自分は当然のこと、落としたくて落としたわけではないので、声をかけられて初めて気づきました。
 これはお礼をいわなくてはならないと思ってとっさに「ありがとうございます、すみません」と何かよく分からない返答をしました。
 と同時に小っ恥ずかしかったです。

 中年女性は、良いことをしたと思っているだろうし(実際に良いことですが)、しかし自分自身は、ありがたいと言うより恥ずかしい気持ちが勝りました(かといって落とし物をしたのに誰も声をかけてくれなかったらなんて冷たいんだろうと思うはず笑)。
 親切にしてあげたのに冷たい態度を取られる話を思い出し、親切をされたほうが恥ずかしい気持ちを抱いて、しかもとっさのことでうまくお礼も言えないのだろうと想像しました。

 さて、人が困ったとき、その当人はどういう行動をとるか。
 近代以前なら、そのコミュニティの中の誰かに相談することによって、たいていは解決できたはずです。
 人間関係、健康問題、経済的なことなど。
 現代だと、行政がその代替となっています。
 困ったことがあったら、行政に相談する。
 昔なら、村の誰々に相談したことを、現在は役所が肩代わりしているわけです。その代わり、人間関係が希薄になった部分はあるとは思います。

 ファブルに話を戻して――一部の最初のほう、岬が小島から脅されたとき、警察に相談すれば問題は解決したはずです。
 岬が警察に、ヤクザに脅されたと訴えれば、暴力団対策法などの絡みもあって即座に捜査が始まり、場合によっては組長の使用者責任(民法715条)が問われる事態も考えられます。
 使用者責任ということでは、砂川が組長に、小島の命をとるとらないの話になったとき、組長は殺しは許可できないと即答します。
 砂川は使用者責任が~と組長に言いました。
 もし砂川が小島を殺したら、組長が警察に逮捕される可能性があるわけです。

 所詮はフィクションですから、岬が小島に脅されたときに警察に行けば、佐藤明が関わってくることはないので、物語としては終わります。従って岬が警察に訴えないのは物語上では不自然ではないです。
 また、岬が警察に相談しなかったのは、岬自身に危害が加わるわけではなくて、その周辺の人物に危害が及ぶからであって、そのような伏線があるから、岬は小島のいいなりになろうとしたわけで、特に違和感はありません。

 何が言いたいかというと、現代の日本では、生きていく上で、困ることはそんなにありません。
 困ったとしても、警察や行政などに助けを求めることができるからです。

 だから、佐藤明が自分の殺しのスキルを使って「人助けをしたい」というのは展開としては難しいのではないかと予想します。
 行政や警察に助けを求めることのできない条件というのが出てくるのかもしれません。
 裏社会の人間であるとか。

 佐藤明は、幼稚なところがあります。
 サヴァン症候群かどうかははっきりと明言はないけど彼がジャッカル富岡を無条件で好きな理由は、おそらく5歳児がよく分からないものに執着する性質と同じもののはずです。
 5歳児が人助けするというのは、想像できないです。
 というか5歳児が積極的に人助けをしたら周囲は大迷惑を被る怖れさえあります。
 入り口は人助けだったとしても、その後は事件に巻き込まれて、話が進んでいくのかなー分かりません。

 しかし、南勝久先生の描くファブルの世界なら、心配はいらないと確信しています。
 ザ・ファブル1部が面白かったので、その続きである2部が面白くないはずがないです。

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