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「これは水です」の意味は。自分なりの解釈

投稿日:2018年9月19日 更新日:

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「これは水です」とは?

 アメリカのある作家が2005年に、ある大学で卒業スピーチを行いました。
 スピーチの内容は「これは水です」を検索すれば出てくるはずなので知らない方は検索するか以下のリンク先を読んでください。
これは水です

 ▲「これは水です」

 書籍は読んでいません。
 従って、内容を誤解している可能性もあります。
 あくまで自分の解釈ということです。
 これが唯一の正解だと主張する気もありません。
 自分の解釈に自信はそれなりにありますが、実際のところは近からず遠からず、なのかもしれません。
 さすがに的外れまではいかないと思います。思いたい。

「これは水です」の意味ですが、結論から。
 あくまで自分なりの解釈ですが――
 客観性が大事。

 物事を主観で考える限り、人は幸せにはなれない。
 思いやりを持ちましょう。
 自分以外の人間も、自分と同じ主体性をもった人間です。
 ……ということかなと。

 他者を人と思わず障害物と思うならば、人は幸せにはなれないと思います。

 他者を障害物と考えるならば、排除しても問題はないわけです。
 他者が障害物なら、押しのけたって暴言を吐いても問題はありません。
 けれども、その考え方を持っていると、他者だってあなたのことを障害物と思いますよ、ということです。

 SNS上では「これは水です」を「分からない」「響かない」と言う人もいますが、スピーチ自体が長くて、説明不足なのでそれも仕方がないとも思います。
 だからこそ、人によって解釈が分かれそうではありますが。

 ちなみに、十代や二十代の頃にこれを読んだとして、自分なりの答えが出るかどうかは自信はありません。
 つまり「言いたいことが分からない」ということになる可能性は高いです。

主観で物事をみるとどうなるか

 たとえ話ですが、どこかの爺さんが、お店でカステラを購入して、店員から「お一つでよろしいですか?」ときかれて「バカにするなっ」と怒った話がありました。
 なぜ爺さんが怒ったのか。それは、爺さんは働いていた頃、カステラを何百個も注文していた。
 しかしいまは引退して、カステラを一つしか買わない。
 爺さんはそれを寂しく思っている。
 だから店員の「お一つでよろしいですか?」という言葉に過剰に反応して怒った、ということのようです。

※カステラの件はたとえ話なので、実話ではないようです。

 客観性がないと、このような爺さんになる可能性があります。
 客観性がない人間は多いですが、客観性のない人間のすべてがこのような反応をするわけでもないでしょう。

人はみな、自分が主人公と思う

 人は、自分のことしか考えない。
 自分が主人公。
 自分が第一。
 エゴイズムですが、基本的には嫌われます。だから皆隠しているけど、実のところ、これは本質だとも思います。
 皆、自分自身がかわいい。
 自分もそうです。

 しかしそうやって主観でものを考えていると、視点がゆがみます。
 主観でものを考えている限り、視点のゆがみに気づきません。

 どうすれば良いか。
 一歩引いたところから物事を考えてみる。
 客観的に判断してみる。
 すると、ゆがみに気づく場合があります。

 魚にとって水とは、最も近くにあって最も見えるもののはずが、全く意識しないし見ようともしない。
 そこに確かにあるのに。
 だから人間にとって、人間は最も近くにあって最もみえるもののはずが、全く意識しないし見ようともしない。

 もしくは、当たり前のことであるがゆえに気づけないことのメタファーなのかもしれません。

 人を障害物と思うな。
 自分と同じ人間と思え。
 想像しろ。
 そうすれば平和な気持ちになれる。

 もし、あなたが、他者を人間と思わないなら、他者もあなたを人間と思わない。
 そして、主観でものを見る限りは、そのことに気づけない。
 ゆがんでいく。
 気づけば自分の頭に銃を突きつけることになるかもしれない――

 幾分拡大解釈している部分はありますが、おおむねこんな趣旨ではないかと思います。
 直接的というか、ミットにストライクとしてどんと入っているわけではなく、すこしズレているか、もしくは部分的に解釈している可能性もあります。
 ただ、自分はこのように解釈すれば、あのスピーチの内容がすっと入ってきます。

 日本が家族主義の国で、他人には冷たい傾向にある点も、考慮しないといけないかもしれません(他人には冷たいが、家族や身内には世話をやく)。

 自分中心、主観でものを考えるとどのようになるか、カステラ爺さん以外にも身近な例を挙げるなら――
 スーパーでお買い物をする。かごを持ってレジに向かう。
 自分の前に、自分と同じようにかごをもってレジに向かって歩いている人がいる。
 主観でものを考える人は、前の人を追い越して自分が先にレジにかごを置く。
 並んでいるわけではないから、厳密には割り込みにはならないでしょうけど、追い越された人はどう思うかを考えたらこんなことはできません。
 他者を障害物として考えていると、合理的な行動ではありますが。

 もうひとつ。
 電車に乗っていて、遠くの席が空く。周りの人を押しのけて空いた席に座る。
 これも他者を人間と思ってない人間のやる行動だと思います。

 上記の2例は、客観的にみればとても行儀の悪い行為です。

 ちなみに、スピーチ主の作家は自殺しているそうです。

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