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日記(雑記)

ガダルカナルの戦いで、なぜ日本軍(一木支隊)は愚直とも思える攻撃を仕掛けたのか

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美味しそうなハンバーガー
※画像は無関係。

ガダルカナルの戦いについての疑問

 戦史が結構好きで、いままで色々と読みました。
 面白かったのは空の戦いなら『大空のサムライ』で陸戦なら『最悪の戦場に奇蹟はなかった』という作品です。



「大空のサムライ」についての感想は以下のエントリーをご覧ください。
読書感想「大空のサムライ」坂井三郎著

「最悪の戦場に奇蹟はなかった」は、いずれ読書感想をアップする予定です。

 さて、ガダルカナル島の戦いはご存じでしょうか。
 1942年8月から、翌年2月まで、日本軍と連合軍が西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島を巡って戦闘を行いました。
 結論からいうと、日本軍は兵力の小出しを行い、大変な損害を被り、同島から撤退しました。
 アメリカ軍の本格的な反攻の始まりがガダルカナルと言われています。

 日本軍は、アメリカ軍の反撃を1943年以降と予想していたので、ガダルカナルには、大きな戦力を割いていませんでした。
 同島に駐屯していたのは、設営隊と、少数の陸戦隊のみでした。
 アメリカ軍は一万名を超える海兵隊をガダルカナル島に上陸させここを占領しました。

 日本軍は、同島の奪回のため、陸軍の一木支隊を同島に送り込みます。
 一木支隊は、先遣隊がおよそ1000名でした。
 一木大佐は、900名をもってして、アメリカ海兵隊に戦いを挑みます。
 一木大佐の知らされていた情報によると、アメリカ海兵隊は2000名程度のとのこと。
 けど実際には、1万名を超えていました。

 900名の一木支隊は、軽装備で食料も弾薬も乏しい。
 重火器はほとんどなく、軽機関銃程度は何丁かあったはずですが、メインウェポンは単発式の38式歩兵銃でした。

 ガダルカナルに上陸した一木支隊は、900名でアメリカ海兵隊1万名に突撃を行い、全滅しています。
 攻撃は都合3度行われたようです。

 最初、それを知ったとき、一木大佐という人はずいぶんと馬鹿な人だと思いました。
 900対1万で、勝てるわけないし、そもそも、3回も攻撃をする必要があったのか。
 これはまるで自殺じゃないか。

 けど、あるときふと思いつきました。
 そもそも、一木大佐は、アメリカ海兵隊の人数を2000名弱と考えていた。
 日本軍が攻撃を仕掛けて、反撃を受けるわけですが、機関銃の十字砲火は、一木大佐には、こう思えたのかもしれない。
「アメリカ軍は、日本軍を恐れて、むやみに撃ちまくっている!」

 1度目の攻撃は失敗します。
 しかし敵の弾薬は尽きたのでは? ということで2度目の攻撃を行ったのではないでしょうか。
 けれども1度目と同じく猛反撃を受けます。

 弾薬には限りがあります。
 一木支隊自身、そもそも弾薬をあまり持っていない。
 では、アメリカ軍も似たようなものだろう――そんなふうに考えたのかも。

 2度目の攻撃も失敗しますが、もう敵の弾薬は尽きているに違いない。
 だから3度目の総攻撃で、味方は勝つ!

 弾薬が尽きていれば、反撃はできません。
 銃剣突撃で、アメリカ海兵隊を蹴散らせる――そう思ったのではないでしょうか。
 想像ですけどね。

 結果、一木支隊は全滅してしまうわけですが、残念な戦いといえばそうだし、あとの時代に生きる我々からすれば、なんて無謀な戦いなんだと思いがちだけど、当時の現場の人は精一杯がんばっていたわけで、犬死にではないと思います。
 強いて言うなら運が悪かった、ということでしょうか。

 かつては一木清直という軍人は現実をみない、愚かな人だと思っていました。
 けど、実際は違うと思います。
 一木大佐は、プロの軍人でした。
 敵情を把握していなかった点は、浅はかだったと思いますが……。
 けれども攻撃を仕掛けて、猛反撃を受けて、撤退せず、逆に攻撃を続けたことを、全てが終わった後に「それは愚策」というのは簡単だけど、自分が一木大佐の立場だったとしても、同じ事をしていたかもしれません。

 機関銃の十字砲火を受けたからすごすごと逃げ帰って、援軍を要請するような空気ではなかったでしょうし。

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